頓所さんの野球人生は、結婚、出産を経てからのスタートだったそうですね。
頓所:
私は野球に本格的に関わったのは28歳の時です。それまでは埼玉から新潟に嫁いだ農家の嫁として、日々家庭と育児に奔走していました。小さい頃から抱いていた「野球がしたい」という夢を、夫や義父母、子ども達と家族全員に正直に話したことから、野球人生がスタートしました。
そもそも野球に興味を持ったきっかけは?
頓所:
小学生の頃にテレビで見た高校野球中継を見たことですね。その時に、キャッチャーフライに飛び込む捕手の姿を見て「私もこれがやりたい!」と。ところが母や周りからは「女の子はソフトボールでしょ!」との一言で一蹴されまして(笑)。学生時代はソフトボールを続けていましたが、私の夢はあくまで「大好きな野球をすること」。「野球がやりたい」と家族に話すまで、「野球」という言葉ですら胸の内に閉まっていたんです。
転機となったのが、学童野球のコーチなのですね。
頓所:
「野球がやりたい」と宣言してから、まずは「笹山ライオンズ」という地元の学童野球のコーチを任されることになりました。地元の男の子しかいないチームでしたが、私がいることで「やってみたい」とやって来る女の子が、少しずつ増えてきたんですね。当時は女の子で野球をしている子はほとんどいなかった時代です。「野球がやりたいのにできない」という状況は、まさに私の幼少期と重なる部分がありました。そのことから「野球をやりたい子ども達が、性別を問わずプレイできる場をつくること」という大きな目標ができ、女子野球の普及活動を広げるきっかけにもなったのです。
具体的にどのような取り組みを。
頓所:
これまで野球でご縁ができた仲間たちと共に、2008年には「BBガールズ普及委員会」を立ち上げ、女子だけの交流戦やイベントなどを企画しました。また、県内初となる高校女子硬式野球部の創部、新潟県女子野球連盟の設立にも携わりました。私が女子野球普及に取り組み始めた頃は、女子野球という言葉すら浸透していなかったのですが、この15年の間に、小学生選抜、中学以上一般、高校と女子の野球チームがたくさん誕生しています。これまでの普及活動は少しずつですが、実を結んでいると感じます。15年前初めて「BBガールズフレンドシップマッチ」として女子だけで行う試合を企画し、彼女たちのプレーを見た時は本当に感激しました。