「明和義人伝~モダンタイムズ~」第26回 : 佐藤 千裕さん

プロフィール

佐藤千裕さん
C's Kitchen代表・旬果甘味店ルコト代表

兵庫県生まれ、東京・新潟・三重育ち。銀座の無国籍料理店で経験を積み、24歳で新潟に移住。結婚式場でパティシエとして勤務し、その後はフリーランスの料理人・ケータリングユニットとして活動。2013年よりキッチンカー「DAIDOCO(ダイドコ)青果氷店」を開始。農業×福祉×食の連携プロジェクト「rucoto(ルコト)」を2018年よりスタートし、2022年「旬果甘味店ルコト」へと名称を変更。2022年、農福食連携の取り組みとして「ルコトおいしい循環ラボ」を立ち上げる。2025年には、第5回新潟SDGsアワードで「食の新潟国際賞財団特別賞」を受賞。

新潟の食の可能性を広げ、農福食連携の新たな道を切り拓く佐藤千裕さん。市場に出回らない規格外農産物「ハネモノ」の価値を見出し、福祉事業所との連携で障がいのある方々の就労機会を創出するなど、「もったいないものを活かしたい」という思いを、活動の原動力にしています。2025年には新潟SDGsアワードも受賞した佐藤さんに、人と食、そして地域の未来をつなぐ取り組みへの思いと展望について伺いました。

動物や自然への興味から、料理の道へ

佐藤さんは、県内の規格外の農産物を使った商品づくりを展開されています。どのようなきっかけで料理に興味をもちましたか?

 

佐藤:
子どもの頃から生き物や自然が大好きで、本当は獣医になりたかったのですが、動物アレルギーで断念しました。料理との出会いは意外なことに、家で飼っていたニワトリのエサづくりです(笑)。小学生の時、ニワトリの餌用に野菜を刻むうちに包丁の使い方が上達しました。学校の家庭科でその包丁さばきを褒められたことがきっかけで料理が好きになっていきました。
料理人を目指して調理師専門学校に進み、卒業後は銀座の「KIHACHI(キハチ)」に就職して魚料理とデザート部門を担当しました。24歳の時に新潟へ移住して、結婚式場でパティシエとして働き始めました。東京で働いていた頃よりはゆっくりしたいと思っていましたが、予想以上に忙しい日々でした。

 

その後、体調を崩されたとお聞きしました。

 

佐藤:
そうなんです。約6年勤めた後、激務が続いたせいか持病だったアトピー性皮膚炎が悪化してしまい、退職せざるを得なくなりました。その時は、アトピーの炎症を抑える効果が強いといわれるステロイド外用薬に頼ることのない「脱ステロイド」という選択をして、食事で体質改善する「食養内科」がある医療機関に入院しました。そこでは日本人の昔ながらの食生活を基本とした食事療法を行われていたんですが、食べることの根本的な大切さを学ぶことができました。今の活動は、この時の経験が少なからず活きています。

ハネモノを活かして、新潟の食の豊かさを発信

退職後はどのように活動を始められたのでしょうか?

 

佐藤:
体調が少し回復してきた頃から、自宅で料理教室を始める傍らケータリングも始めました。その中で「C’s Kitchen(シーズキッチン)」として個人での活動も始めたんです。その後、偶然出会った料理人3人でケータリングユニットを結成して、最初は出張料理やオーダーメイドのケーキ作りが中心でしたが、徐々に対応範囲を拡大していきました。2012年の「水と土の芸術祭」会場で、食の記憶研究所として、新潟の旬の野菜や果物などの素材を生かした、添加物を使わない手作りシロップのかき氷を販売するようになりました。

 

野菜のシロップのかき氷とは斬新ですね。

 

佐藤:
最初はお客様も「甘いの?しょっぱいの?」って半信半疑なんですよ(笑)。でも「絶対後悔させませんから」って言って食べていただくと、皆さん驚かれます。フレーバーは、トマトやトウモロコシ、枝豆、イチゴや梅もあります。素材の味をぎゅっと閉じ込めて、野菜本来の甘さや香りを楽しんでもらうために、余計なものは加えないシンプルな味わいを目指しました。素材の旨味だけを楽しめる「映えない」かき氷と自称しています(笑)。

 

農家の方々との関わりはその時からでしょうか?

 

佐藤:
そうですね。活動していく中で多くの農家さんと知り合ううちに、悩みを打ち明けられることが増えていきました。形が悪く市場に出せない「規格外」の農産物、いわゆるハネモノの問題は特に深刻でした。果樹農家さんは年に一度の収穫が命綱なのに、台風や気候の影響で収穫物の多くが市場規格から外れてしまう年もあるそうです。
農家さんとしては、安い値段でしか売れないものに労力をかけるより、状態が良く、高く売れる正規品に力を注ぎたいという思いがあることも、交流を通じて知りました。

 

ハネモノとはいえ、味は流通されるものと変わらないんですよね?

 

佐藤:
一言でハネモノ、と言っても、未熟なもの、過熟のもの、変色や色づきが悪いもの、形や大きさや傷や虫食いのものなど、さまざまな「規格外品」が含まれるため、全く変わらないとは言い切れませんが、個性を活かして調理加工し、適材適所で使用することでおいしく活躍させることができます。農産物の味は、その年の気候や雨の量などにも大きく影響されるそうです。そういう背景があることを知ると、規格外だから返品ではなく「どう活かそうか」と考えることが、フードロスの削減にもつながるのではないかと。農家さんとの会話からその年の作物のドラマを知ることで、良い加工方法があればハネモノを活かしたいと考えるようになったんです。
東京のレストランで働いていた時は、野菜や果物は「仕入れるもの」でしたが、新潟では生産者の顔が見え、その苦労も知ることができる。県外出身者の私からすると、新潟の果物や野菜の豊かさは他にはないその土地の魅力だと感じました。

『もったいない』の思いをカタチに

rucoto(ルコト)」ブランドの構想は、どのように生まれたのでしょうか。

 

佐藤:
飲食業としての活動だけでなく、もっと福祉や環境を考えた活動がしたいと思うようになりました。そこで2018年にクラウドファンディングで資金を集め、「rucoto」をスタートさせました。この名前には「作ること」「食べること」「繋がること」「生きること」という意味を込めています。「もったいないものを活かす」ことに徹底的にこだわりたかったんです。

 

rucoto」の現在のスタイルには、どのように辿り着いたのでしょうか。

 

佐藤:
最初は農家さんから規格外のハネモノを購入する取り組みから始まりました。実は、2014年頃からすでに福祉事業所さんと少しずつ連携していて、枝豆の鞘むきなどの一次加工作業をお願いしていたんです。rucotoでも同様の仕組みをさらに広げ、障がいのある方々の就労支援の一助になれたらと。
その後、ジャムやシロップなどの商品開発を進め、イベント出店やキッチンカー、そして趣旨に賛同してくださるカフェやお菓子屋さんへの卸販売も行い、少しずつ商品ラインナップも増やしていきました。
2022年には「旬果甘味店ルコト」に店名を変更し、同時に小麦・卵・乳を一切使わないアレルギー対応の加工所「ルコトおいしい循環ラボ」も開設しました

 

福祉との連携についてはどのように進めていきましたか。

 

佐藤:
専門知識もなく「素人が立ち入っていいのだろうか」と最初は不安もありました。福祉施設のスタッフの方々の仕事ぶりを見聞きしているうちに、料理の仕事は細分化すればするほど、多様な能力を持つ人が関われるとも感じました。包丁が使えなくても、野菜を並べたり、鍋をかき混ぜたりといった、一人一人に得意なことがある。仕事で「ありがとう」と言ってもらえる喜びは、障がいを持つ方々にとっても生きる力になると思っています。

旬果甘味店ルコトにて。

日々の小さな積み重ねが、未来を作る

5回新潟SDGsアワードで「食の新潟国際賞財団特別賞」を受賞されました。このことも、これまでの活動の一つの集大成となったのではないでしょうか。

 

佐藤:
自分たちの活動を改めて文章にまとめる良い機会になりました。私たちは大きな目標があって始めたわけではなく、日々の小さな積み重ねを大切にし、目の前のことを少しずつクリアしていった結果が今につながっていると。
「循環」という思想は、母の影響が大きいかもしれません。母は「もったいない」という思いで、日々暮らしていた人だったので、私も自然とそういった思想になっていったのかなと。
農産物だけでなく、環境のことも考えて、かき氷の容器はサトウキビの絞りかすで作られた「バガス」を使ったり、キッチンカーにはソーラーパネルを搭載したり。小さなことの積み重ねですが、地球に優しい取り組みを続けていきたいです。

 

佐藤さんの活動は本当に幅広く、そして多様です。その原動力はどこから来るのでしょうか。

 

佐藤:
「こんな世の中だったらいいな」という単純な思いですね。自分が体験した病気や困難を通して、誰もが生きやすい社会を作りたいという気持ちがあります。例えば、子育て中のスタッフが家族と一緒に夕食を取れるように、スタッフの勤務時間を調整したりとか、そういったちょっとしたことを想像しながら仕組みを作ってきました。また、何事も「やってみなければ分からない」と思い、いろんなところへ飛び込みました。今の目標は、50歳までに私がいなくても続いていける仕組みを確立することです。

 

素敵なお話をありがとうございました!
最後に、明和義人祭へのメッセージをお願いします。

 

佐藤:
江戸時代の新潟での出来事を基にしたお祭りだとお聞きしています。私も新潟に移住して20年以上が経ち、ようやくこの地に根を張ることができました。以前の私は人との関わりが苦手だったのですが、農家さんや福祉施設の方々、そしてお客様との出会いを通じて、互いに寄り添うことの大切さを学びました。その上で何ができるかを考える。そうやって町民が互いに支え合った明和義人の精神は、私たちの「おいしい循環」の取り組みにも通じるものがあると思います。人と人とのつながりを大切にする明和義人祭の物語をこれからもたくさんの方に伝えてほしいですね。

「明和義人伝~モダンタイムズ~」とは

明和義人に準え、現代で『勇気をもって行動し、自らの手で未来を切り開こうとしている人』にスポットをあて、今までになかったものを始めようと思った原動力や、きっかけ、そして具体的な活動内容を紹介します。新しいことを始めようとしている方の一助となれれば幸いです。