「明和義人伝~モダンタイムズ~」第30回 : 稲葉一樹さん

プロフィール

稲葉一樹さん
新潟市役所 都市政策部 担当係長/8BANリノベーション 代表

1986年、新潟県村上市生まれ。長岡高専在学中に中越地震を経験。2009年新潟市役所へ入庁。2011年から約1年半、宮城県石巻市へ派遣され、防災集団移転事業を担当。現在は都市政策部 担当係長として「にいがた2km」を担当する。プライベートでは「8BANリノベーション」代表を務める。

2025年の「明和義人祭」で涌井藤四郎役を務めた稲葉一樹さん。新潟市役所の職員として「にいがた2km」のまちづくりに携わる一方、プライベートでは「8BANリノベーション」をはじめ、歴史探求ユニット「√NIIGATA(ルートニイガタ)」などまちに関する活動を複数立ち上げ、行政と民間、両方の立場でまちに関わり続けています。
「自分の暮らしは自分でつくる」と語る稲葉さんに、明和義人祭での経験、これまで歩んできた道のり、そして新潟のまちへの思いを伺いました。

もう一つの「自治」を、はるか昔の新潟に見た

もともと「明和義人祭」のことは、ご存じだったとお聞きしました。

 

稲葉:
数年前に知人の富山さんが、涌井藤四郎役を務めているのをSNSで見かけたのが最初です。調べると歴史あるお祭りだとわかり、由来も勉強しました。

 

内容を知って、どんな印象を持たれましたか。

 

稲葉:

私は普段、市役所でまちづくりを担当し、民間でも活動しています。「住む人が自分たちでまちをつくる方が“自分のまち”になる」とこれまでの活動を通して学んできたので、明和義人の話には共感できる部分が多くありました。
特に惹かれたのは、新潟の商人たちが自分たちの手で自治をしていた事実です。市民が役割を考え、まちを動かす自治が、パリ・コミューンの約100年も前に新潟で行われていたことに驚きました。
私自身、長岡高専時代に中越地震を経験し、東日本大震災後の石巻市にも1年半派遣され、行政が機能しない中で市民が自ら動く姿を見てきました。同じマインドが、昔の新潟の商人にも宿っていたことが印象的でした。

 

その上で、涌井藤四郎役を依頼された時の率直な気持ちは。

 

稲葉:
驚きましたし、光栄でしたね!ただ私は行政職員なので、本来なら涌井さんを打ち首にした側でもあります。立場は気になりつつも「一生に一度しかない」と思い、二つ返事で受けました。涌井藤四郎は自己犠牲の精神が強く、自分より相手にギブできる人として尊敬しています。

 

お祭り当日、印象に残ったことはありますか。

 

稲葉:
舞台用メイクをして和服で歩くのが楽しく、普段よく行くお店にお邪魔して、お店の方の反応を見るのも面白かったです。学生の皆さんが多く関わり、まちの方々が温かく見守る雰囲気も良かったですね。
2歳の子どもも見に来てくれましたが、最初は私だと分からなかったようで、嫌がられてしまいました(笑)。最後に愛宕神社前で家族3人の写真が撮れたことも良い思い出です。

お子様に気付いてもらえなかった当日のお姿がこちら。

「商売を、まずやってみろ」。師の言葉が背中を押した

普段は新潟市役所の職員として、どんな仕事をされているのですか。

 

稲葉:
都市政策部で、主に新潟駅から古町までの「にいがた2km」のまちづくりを担当しています。経済・産業育成そのものというより、人に関わるソフトなまちづくりが中心です。古町では「リノベーションスクール※1」を運営し、空き物件だけでなく、歴史や文化、食、人などの資源を使い、エリアを再生する「リノベーションまちづくり」に取り組んでいます。
もう一つ、「にいがたまちあそび学校 KAIKOU!※2」も担当しています。魅力的な民間の方を行政側にも知ってもらうきっかけをつくりたい、というのが出発点です。

 

プライベートでの活動も積極的です。代表を務めている「8BANリノベーション」を立ち上げたきっかけについても教えてください。

 

稲葉:
市役所のまちづくり担当として仕事をしてきた中で、本当にこれでまちが良くなっているのか、よく分からないという疑問がずっとあったんです。それで、まちづくりに関してもっと勉強しようと思い、2019年に「都市経営プロフェッショナルスクール」という民間運営のまちづくりスクールに自費で参加しました。
そこでまちづくりの専門家でもある講師の木下斉先生から、ガツンと言われたんです。「公務員は顔がない。自分の名前で仕事をしていないから、責任も持たないし、本気でやる奴はいない」と。さらに「商売も、根っから商売人じゃないから、お金を稼ぐとか、人がどういうものを本当に求めているかなんて、本当の意味では絶対に理解できない」「お前がまず商売をやってみろ。小さくていいから」と言われました。これが刺さりました。
当時、市役所の副業規定に基づいて、私自身がお金をもらわない形で、建築家の友人と「8BANリノベーション」という任意のまちづくり団体を立ち上げました。最初はビル再生プロジェクトをやろうとしたのですが、様々な事情が重なりで実現しませんでした。それでもすぐに動けることをやろうということで、タキザワガレージ東堀の屋上で「8BAN PARK」というマルシェをスタートしました。それ以後、立体駐車場の屋上や商店街の道路などを舞台に、飲食店の出店やワークショップ、物販などを行っています。お金がない中で、どうやれば継続できる形になるかを、ずっと実験のように続けてきました。

 

8BANリノベーション」を起点に、さまざまな活動に広がっているのですね。

 

稲葉:
最近では、新潟市中央区にあるこんぴら通り商店街で、新たにマルシェを始めました。廃業した銭湯・寿湯の再生に昨年から8BANで取り組み、再生は実現しなかったものの商店街の方々と仲良くなったことがきっかけです。商店街の皆さんはとても前向きなのですが、動ける若手がいないという悩みがあると聞きました。
私たちはもともと、8BANの活動の中でも道路上でマルシェをやって、商店街の人や来場者と顔見知りになり、空き物件情報を教えてもらって出店者をエリアに呼び込むようなことをやりたいと考えていたんです。両者の考えが重なり、本格的に協力させていただくことになりました。「賑わいづくり」というよりは、「商店街と出店者と来場者が、顔見知りになる場をつくる」というイメージですね。

 

もう一つ、「√NIIGATA(ルートニイガタ)」という活動もされています。

 

稲葉:
同年代の5人で立ち上げた、新潟限定の歴史探求ユニットです。月に1回集まって、それぞれが興味のあるテーマを調べ、ゼミ形式で発表し合い、テーマが深まったら公開講座を開いたり、講師をお呼びしたりもしています。
人とまちは似ていると思っていて、誰かと知り合ったときにその人のルーツや失敗、幼少期のことを聞くと、どんどん好きになっていくことってありませんか?まちもそういったものではないかと思っているんです。
歴史を知る人を増やすことで、それぞれが自分の言葉でまちを語れるようになっていく。お店をやっている人なら、歴史にちなんだコンテンツが生まれて、新潟がどんどんオリジナルなまちになっていくのではないかという仮説のもと活動しています。

会いたい人であふれるまちを、徒歩圏内から

そもそも、なぜ新潟市役所に入られたのですか。

 

稲葉:
あまりかっこいい話ではないのですが……(笑)。中学生の頃、本で「環境省の職員が毎年ハワイで気象観測をする」という一節を読んで「いい仕事だな」と思い、環境省に入りたいと考えていました。担任に話したら「環境に関する学科が長岡高専にある」と言われて、長岡高専の環境都市工学科に進学しました。ところが、蓋を開けてみたら名前が環境なだけで、中身は土木を教える学科でした。就職先はゼネコンかコンサル、行政に絞られていて、地元の村上市か新潟市かで迷ったのですが、高専は5年間ほぼ同じメンバーだけで過ごしていたこともあり、もっといろいろな人と関わりたいと新潟市を選びました。動機は本当にそんな感じです(笑)。

 

石巻市への派遣が、転機になったとお聞きしました。

 

稲葉:
入庁3年目で東日本大震災が起き、現地への派遣が決まりました。石巻市では、津波の危険があるエリアの方々を内陸部や山へ移転させる防災集団移転事業を担当しました。住民の方の7割くらいが震災での辛い思いを抱えて泣かれている中、入庁3年目の自分が住居補助のルールを決めなければならない場面も多く、大変でした。
8時から夜11時半まで働き、土日も出勤する激務でしたが、やりがいを実感することが多くありました。職員が少なく、本来なら課長クラスの仕事を任されることもありました。「きちんと仕事をすると楽しい」と初めて学び、新潟に帰ってようやくまともな公務員になった感覚です。

 

仕事・プライベートの双方において、まちづくりに関わる中で、大事にしているポリシーはありますか。

 

稲葉:
大前提は「自分の暮らしは自分でつくる」「まちは自分たちでつくる」ということです。経済を求めすぎると暮らしが楽しくなくなる一方、経済がないと豊かにもなれません。そのバランスが非常に難しいです。
もう一つは、「使命感」より「楽しくやる」こと。活動の起点は全て自分です。√NIIGATAも、歴史の本を読むことが苦手で、一人だと続かないから、誰かとやれば楽しくなるだろうと思い、始めたものです。
また、8BANリノベーションのビジョンは「会いたい人であふれるまちにしよう」です。それぞれが会いたい人を集めれば、魅力的な場所になる。きっと刺激もあり、安心して暮らせるまちになると考えています。

「住民自治」のまちを、もっと面白く

稲葉さんが行政・民間で活動していることについて、周りの方々の反応は。

 

稲葉:
私の働き方に興味を持ってくれる後輩はやはりいますね。「どうやってモチベーションを保っているんですか?」と聞かれることがあります。そういう時は「行政は異動がある仕事をそもそも自分が選んでいるのだから、プライベートでやりたいことを目一杯やればいい」と話しています。それがいつか仕事につながるでしょうし、本当に辞めたくなった時には、拾ってくれる人とも出会えるはずだから、と。
KAIKOU!」をやっているのも、まさにそのためで、行政職員と魅力的な民間の方々が出会う場が必要だと思うからです。常に新しいことをやっている人を見ていると「自分はこのままで大丈夫かな」と思うじゃないですか。そういった思いを若い職員にも持ってほしくて、いろいろな場に誘うようにしています。

 

これからのご自身のビジョンについて、どのように考えていますか。

 

稲葉:
行政職員ですので、つい「市」という枠で考えたくなりますが、新潟市は一人の人間の力で全体を良くするのは正直、無理だと思っています。まずは、自分の手触り感のある場所、歩ける範囲ぐらいで、どう良くできるかを実践することでしょうか。それと並行して、同じマインドの仲間を増やしていくことも大切です。
リノベーションスクールも、1回ごとの受講人数は限られますが、それを毎年続けていけば、私と同じようなマインドで動く人がだんだん増えていくはず。その方たちが、それぞれのエリアで動き始めたら、まちは劇的に変わっていくのではないでしょうか。自分でやってみて効果を感じたものを、行政の立場で広げる仕掛けにしていく。それが、これから私がやるべきことだと考えています。

 

ありがとうございました。最後に明和義人祭へのメッセージをお願いします。

 

稲葉:
明和義人を知ることは「自分も何かやってみよう」と思うきっかけになると思います。学生さんが運営に関わっているのも素敵ですよね。お祭りを続けていくことが、良いまちのベースになるはずです。
ただ、伝え方には工夫の余地があります。「英雄」「悲劇の物語」だけだと、自分事にしづらい部分があります。圧政を正した物語より、その後の約2か月間、商人たちが自治を担った史実こそ広めるべきポイントです。
例えば、お祭りで「まちのお仕事体験」のようなブースを設けて、消防団の体験やお店の店番、子どもたちが仕事を体験できるようにするのも楽しいかもしれません。「行政職員がいない中で自治をやっていた」という史実が、体験を通じて伝わるのではないでしょうか。「楽しくやること」が基本だと私は考えているので、楽しく、かつ本質が伝わる仕掛けが、これから増えていくと良いですね。

 


 

※1)リノベーションスクールとは…実在する遊休不動産を題材に、受講生がエリアを再生する実践的な事業計画を3日間で企画・立案して、地域の再生を目指す取り組み。新潟市では令和6年から実施。

※2)にいがたまちあそび学校「KAIKOU!」とは…新潟のまちを舞台に、多様な人が学び、つながり、実践を通して地域の豊かさに気付く若者向けの仮想学校です。

 

参考URL
リノベーションスクール:https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/seisaku/jigyoproject/niigata2km/project/renovation/renovationschool3.html

KAIKOU!:https://kaikou-niigata.com/

8BANリノベーションのインスタ:https://www.instagram.com/hon8ban/

ルートニイガタのnote:https://note.com/rootniigata

「明和義人伝~モダンタイムズ~」とは

明和義人に準え、現代で『勇気をもって行動し、自らの手で未来を切り開こうとしている人』にスポットをあて、今までになかったものを始めようと思った原動力や、きっかけ、そして具体的な活動内容を紹介します。新しいことを始めようとしている方の一助となれれば幸いです。