明和義人コミックの紹介

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明和義人コミックのご案内

新潟町は1843(天保14)年に長岡藩領から幕府直轄領になりました。その新潟町に初代奉行として10年間在勤した川村修就(かわむらながたか)が新潟の代表的な風物六景を奉行所配下の者に描かせた風俗絵巻です。「イワシ網漁」「盆踊り行列」「湊祭」など6つの情景が描かれています。

定価 990円(本体943円+税)
判型 A5判  110頁

発行 2012年8月22日第1版
発行所 ㈱ウイネット
      代表者 齋藤 進
      新潟市中央区弁天3-2-20弁天501ビル
      TEL025-246-9172
発売所 ㈱星雲社
ISBN978-4-434-16765-2  C0993 

原作者・作画者紹介

当コミック「明和義人」は、「新潟樽きぬた 明和義人口伝」火坂雅志著(小学館刊)を原作にして制作されました。

原作者/火坂雅志(ひさか まさし)

1956年新潟県新潟市生まれ。県立新潟高等学校を経て、早稲田大学商学部を卒業。編集者として勤務した後、1988年に「花月秘拳行」で作家デビュー。2007年に「天地人」で中山義秀文学賞を受賞し、当作品がNHK大河ドラマの原作(2009年放映)となった。このほか、「全宗」「臥竜の天」「沢彦」「軍師の門」「墨染の鎧」「業政駆ける」など、時代歴史小説を中心に秀作を多数発表している。

作画者/アサミネ鈴(あさみね すず)

長野県生まれ。日本アニメ・マンガ専門学校を卒業後、月刊漫画誌・週刊漫画誌のアシスタントを経て「戦国アンソロジー弐」にてデビュー。現在は短編・読み切り作品を中心にフリーの漫画家として活動中。 http://mine571.blog92.fc2.com/(個人ブログ)


解 説

封建の世で、町民自治に命をかけた新潟人がいた。

江戸時代の半ばである明和4(1767)年、財政悪化に苦しむ長岡藩は、湊を運営する新潟町民に多額の御用金を納めるように命じました。当時、阿賀野川の改修によって船の出入りが減り、不況に苦しんでいた新潟町民は、御用金の半金を納め、残り半金は翌年に支払うことで許しを得ました。
しかし、翌年になっても景気は回復せず、残り半金の支払いが難しくなった新潟町民は、涌井藤四郎らを中心に会合を開き、御用金の支払いを先に延ばしてもらおうとしたのですが、長岡藩はこの集まりをお上に対する反逆的な行動として、藤四郎らを捕まえ、牢に閉じ込めたのです。
この動きに反発した新潟町民は、明和5年9月26日、大勢の人たちが集まって、米を買い占めて町民を苦しめていた豪商や町の有力者の家などを次々と打ち壊しました。奉行所は、この騒ぎを鎮めようとしましたが、結局失敗に終り、やむなく藤四郎らを解放し、その藤四郎たちの手によって打ち壊し騒ぎは鎮められたのです。
騒ぎを収めた藤四郎たちは、新潟湊を自分たちの手で立て直そうと、藤四郎を新潟町民の代表とする体制をつくり、秩序の回復に努めました。この町民による自治は、その後2カ月に渡って行われ、新潟湊は徐々に治安と経済の落ち着きを取り戻していったのです。
しかし、同年11月末になり、長岡藩は藤四郎たちを長岡に呼び出し、吟味の末、藤四郎と、行動を共にした岩船屋佐次兵衛らを打ち首に処したのです。
新潟湊の人々は、この出来事を誇るべき史実として口伝えに語り継ぎ、藤四郎たちを明和の義人(ぎじん)として、ひそかに祀りました。
このコミックは、こうした新潟の史実を小説にした「新潟樽きぬた 明和義人口伝」をもとに、まんが制作者の感性を融合させて作成されたものです。


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